日本音楽学会第73回全国大会
二年ぶりの音楽学会での発表でした。かねてより、世界と日本の(たとえば小泉文夫氏や中村とうよう氏による)「民族音楽」のレコードについてアプローチしたいと思いつつも切り口が難しくて二の足を踏んでおりましたが、小沢さんの『日本の放浪芸』の先におのずと道が広がっていました。当日はあまり質問もなく、しばらく落ち込んで授業用に作り直したりしていましたが、後から「面白かった」とお伝えくださった方が数名。このまま邁進したいと思います。以下、発表の概要です。
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音楽芸能の記録と保存における音と映像の関係
~日本ビクターの音響映像メディアのコレクションを事例として~
1970年代、日本ビクターは俳優小沢昭一の協力を得て、LP『ドキュメント 日本の放浪芸』シリーズを刊行し、高度経済成長の荒波に消えゆく音楽芸能の音を残した。そして1984年、『新日本の放浪芸~訪ねて韓国・インドまで』と題する音と映像による作品を制作する。この背景には、日本ビクターの音楽部門のプロデューサーであった市川捷護氏が、同社に新設されたビデオソフト事業部制作部へ異動したこと、国際交流基金が小沢昭一に「放浪芸」のイベントを依頼したことがある。市川氏はその延長線上に、1980年代後半から1990年代前半にかけて、同部の市橋雄二氏と共に、『大系日本歴史と芸能』『音と映像による 日本古典芸能大系』『音と映像による 世界民族音楽大系』『音と映像による 新世界民族音楽大系』といった質の高い音と映像によるコレクションを出版するのと並行して、1992年に『地球の音楽』という優れた企画のCDコレクションを制作した。
本発表では、市川・市橋両氏への聞き取り調査によって明らかになった各作品の制作の経緯を紹介しながら、これらのコレクションにおける音楽芸能の価値づけを確認し、音楽芸能の記録と保存における音と映像の関係を検討する。1980年代に市川氏が音と映像による音楽芸能の記録制作に乗り出した時、そのようなコレクションは世界的にも類例がなかったという。しかし現在では、音楽芸能を記録・保存する際に音響映像メディアを用いることが前提とされている傾向があり、音の記録と映像の記録がそれぞれ異なる世界の再現方法を構築してきたことが忘れられがちである。ユネスコの無形文化遺産に関するウェブサイト等で音響映像メディアを用いた音楽芸能の紹介が増えつつある現状を鑑みても、音楽芸能の記録と保存における音と映像の関係を歴史的に再考する本発表は、今後の音楽芸能の記録と保存の在り方を検討するための一助となると考える。